尾張屋

USJから学ぶ「見えない価値」の生み出し方

昔は「モノ」が感動を生んでいた。もともとおばあさんが川でしていた洗濯を、箱に入れれば勝手に洗濯をしてくれる感動。箱に入れておくと冷やしてくれて腐らない感動。スイッチを入れると箱の中で人が歌って踊る感動。感動しすぎて「三種の神器」なんてすごい名前も付けた。

それから数十年経って、モノは飽和して、感動は薄れていった。モノはあるのが当たり前。かつての「ありがとう」は「あたりまえ」に変わってしまった。

一方、近年では「感動そのもの」を売ることが注目されるようになってきた。「モノより思い出」だとか「プライスレス」といった言葉が流行り、コンテンツマーケティングがどうとかUXがなんだとか体験価値が云々と、専門家が口を酸っぱくしながら話している。

テーマパークは、国が豊かになるにしたがって増える贅沢品だ。極論すれば「あってもなくても生きていく上で問題ない」のがテーマパークだが、必需品でないにもかかわらず「お金を払ってでも行きたい!」と思うのは、日本が豊かになった証拠であり、そこに行けば、昔の日本人がかつて洗濯機に感じたと同じ「感動」が味わえるからだ。

その「感動」に払われる対価は経済効果としても無視できないほど大きなもので、USJでは向こう10年で5.6兆円にも上るとの調査結果もある。

ディズニーランドで夢の国を体験する、USJでハリーポッターやドラクエの世界に入り込む、水族館で海中トンネルをくぐる、はたまた喫茶店でメイドにお茶を入れてもらうなど、「感動」に対してお金が払われている。きっとこれから、こうした「非日常体験」が経済に担う割合は大きくなっていくだろう。

では、洗濯機や冷蔵庫は「より楽に」をコンセプトにして発明されたものだけど、こうした形のない価値はどうやったら作れるのだろうか。

USJが作った「感動」の失敗例と成功例

USJはかつて、経営があまりうまくいっていなかった。入場者数は開園当初こそ1000万人を超えたが、真新しさがなくなるにつれて客足は鈍り、700万人前半にまで落ち込んだ。危機を感じた社長がヘッドハントしたのが、森岡毅さんだった。森岡さんが仕掛けたプロジェクトXは次々に成功を収めた。

クルーやゲストが突然楽器を鳴らし出す「フラッシュ・バンド・ビート」

原寸大のリオレイア希少種が目の前に!「モンスターハンター・ザ・リアル」

後ろ向きに走るコースター「ハリウッド・ドリーム・ザ・ライド~バックドロップ~」

生存確率0.004%「バイオハザード・ザ・リアル」

J・K・ローリングが監修「The Wizarding World of Harry Potter」

プテラノドンに掴まれて空を飛ぶ「フライング・ダイナソー」などなど。

入場者数は再び1000万人を突破、経営はV時回復した。近い将来、ドラゴンクエストとのコラボもあるという。

USJにはビフォーとアフターがある。まるで相手にされない干物女のようだったUSJが、いかにして奮起して多くの人の注目を集めるようになったのか、その過程を通して、形のない価値の生み出し方を見ていきたいと思う。

ビフォーのUSJの問題点

もともと、USJは「映画の専門店」を売りにしたテーマパークだった。しかし、森岡さんは映画好き人口の少なさを指摘。

映画が大好きで大好きで、ユニバーサル・スタジオ・ジャパンにも何度も行きたくなる…。もしそんな私のような映画ラブな消費者が「十分な人数」マーケットに存在するのであれば、「映画だけ」のパークも戦略の1つのオプションになります。
しかし、実際の世の中はそうはなっていないんですね。USJが年間集客400万人のパークで良いならば、「映画だけ」にこだわるのもありだと思います。しかし、実際にそのレベルの集客では、これほどの巨大パークを維持運営することは不可能です。

エンターテイメントの価値は「感動の大きさ」で決まるとし、その手段として映画、漫画、ゲーム、音楽、スポーツなどのフォーマットがある。

そこで、USJは映画にこだわらない、「最高の感動を届けるブランドを世界中から集めたセレクトショップ」に方針転換した。

もう一つ問題点があった。これも間違ったこだわりが原因になっていた。映画の世界を忠実に再現することにこだわりすぎていた。たとえばジョーズのアトラクションでは、エイジング塗装(ボロく見せる塗装)がリアルすぎて、ゲストから「汚い」という評価を受けた。「感動させる」ことが目的なのに、ズレていた。

USJがアフターの美貌を手に入れるまでにしたこと

1.宝の埋まっているところの見当をつけてから掘る
2.徹底的な消費者理解
3.すでにあるものを使う

1.宝の埋まっているところの見当をつけてから掘る

まず何を考えるべきかを明確にしてから考え出す。たとえるなら広い土地のどこに宝が埋まっているか見当をつけてから掘り出すということだ。そのためには、ビジネス戦略策定によく出てくる「フレームワーク」を使う。

私はアイデアを考えるときは、まず目的を徹底的に吟味して定め、その次にアイデアが満たすべき「必要条件」を一番時間をかけて考えます。そしてその必要条件を組み合わせ、より条件を絞り込んで、自分が必死に思いつくべきアイデアの輪郭をできるだけ明確に絞り込んでいきます。具体的なアイデアを考え始めるのはいつも最後の最後なのです。

たとえば、当時の森岡さんが吟味した結果、最大のボリュームゾーンであるファミリー層の来園が少ないことがわかった。ファミリーの取り込みを目的とした結果、シニア向けや若い女性向けのアトラクションを考える必要がなくなった。

そうして掘るべき場所を絞ったら、次は必要条件を考える。まずは「USJは子ども連れは楽しめない」という認識を覆すこと。そして「十分な収容キャパがあること」、「予算内で実現できること」、「既存資産との相乗効果を高められること」が条件として上がった。

条件が絞り込めてから、具体的なアイデアを考え始める。既存の「ランド・オブ・オズ」を撤去し、すでにパークに存在していたエルモ、スヌーピー、ハローキティを活用して予算を抑えた。そうして作成されたのが「ユニバーサル・ワンダーランド」である。

2.徹底的な消費者理解

何が売れるか?を知るには徹底的なマーケティングが必要だ。マーケティングというとデータを集めて分析することのように思えるが、森岡さんの大事にしているのは「現場」で「理解」することだ。

価値を生み出すアイデアの切り口は、経験上ほとんどの場合は「消費者理解」の中に埋まっています。

どこを掘るかを決めてからの、著者の行動力は驚くしかない。

ワンピースのショーを盛り上げるためにコミックスを全巻読み、DVDも全て鑑賞。何がウケているのかの機微を読み取る。

アイデアを考えながらパーク内を歩き続けていたら柱に頭をぶつけて前歯が折れる。いくら考えてもアイデアが浮かばず追い詰められていたときに、ハリウッド・ドリーム・ザ・ライドが逆向きに走る夢を見る

モンスターハンターを誘致するにあたってゲームを400時間プレイ。その勢いでカプコンに乗り込んで商談をまとめる。

400時間ゲームに熱中することでファン目線を身につけた私には、原寸大のモンスターと自分自身が実際に向き合うこの感動の峻烈さが想像できたのです。だからこの企画は絶対に当たるという確信がありました。

森岡さんはもともとテーマパークが大好きで、世界中のテーマパークを制覇しているという。こうした個性もプロジェクトがことごとく当たる理由にもなっているように思う。

マーケターは「消費者目線」を基本にしないとアイデアも戦略も判断も全てにおいて焦点がズレると思うのです。

3.すでにあるものを使う

まったく新しいものを生み出そうとするのではなく、すでにあるものからヒントを得てアイデアを生み出す。

アイデアの作り方

目に見えるブランドやキャラクターをそのまま真似する「パクリ」に対し、私は目に見えないビジネスのアイデアそのものをいただきます。
例えば、どこかの国のとあるパークで無重力を体験できるアトラクション「宇宙飛行士危機一髪!」というのが大人気だったとします(そんなものは実際にはありませんが)。その場合に、私が盗みたいと思うのは「無重力を体験できる」というアイデアであって、目に見える宇宙飛行士の造形などはどうでもよいのです。これがリアプライです。

すでにあるアイデアをいただくことで「新しいものを作ってみたけどコケた」というリスクを無くすことができる。

おわりに

僕が本を読んで感じた「感動をつくる」ポイントは以下の3つだ。

1.宝の埋まっているところの見当をつけてから掘る
2.徹底的な消費者理解
3.すでにあるものを使う

マーケターの書いた本を初めて読んだ。読むだけで企画に対する熱が伝わってくる本だった。何かを作る、というのは「情熱を持って」「楽しみながら」取り組むことを学ぶことができた。