雑談は、あらゆる人間関係の入り口だ。相手と親しくなるにしても、ビジネスの話をするにしても、何か大事な打ち明け話をするにしても、いきなり本題から入ってうまくいくことは少ない。むしろ、本題に入る前の雑談で、相手の自分に対する「好きか嫌いか」「信頼できるかできないか」「能力があるかないか」といった評価が決まり、その後の関係に大きく響いてくる。
かといって、雑談は「ただ面白い話をすれば良い」というものではない。いくつかのマナーというか、将棋や囲碁でいう定石、パターンといったものがあるのだ。
序盤の戦略
まずは当たり障りのない話から。大事なのは、相手に合わせて話題や接し方を変えて盛り上がりやすい雰囲気を作っていくということだ。
様々な話題を振りながら、相手がのってきた話題があれば深めていく。具体的には、天気や健康、趣味などの当たり障りのない話を様々にしながら、深い話ができそうな話題が見つかったらその分野を縦に掘り下げていく。
当たり障りのない話の例としては、以下が代表的なものだ。
中盤の攻防
話は聞くことを優先させる。
人は話すことが好きだ。いくら無口な人だとしても、自分の得意な分野については語りたがっている。無口な僕が断言する。
だから、対話は話すより聞くことを優先させる。割合としては「聞く8割:話す2割」。聞くことは話すことの3倍労力がかかるといわれているが、聞くのを諦めてしまったらそこで手詰まり。終局となってしまう。
聞き方のコツがある。それは「相手の話に価値がある」ことを示すということだ。具体的には「さすがです」「知らなかった」「素敵ですね」「センスいいですね」「それはすごい」のフレーズを使う、「さしすせそ」と呼ばれる方法だ。
返事の禁じ手
また、禁じ手もある。「そうですね」「なるほどですね」「なぜですか?」だ。
「そうですね」「なるほどですね」はそこで対話が止まってしまう可能性が高いフレーズだ。「なるほど」ではなく、相手の言葉から連想する言葉を継ぐようにする。
ダメな例
「週末はどこか行かれたのですか?」
「家族と釣りに出かけました。」
「なるほどですね。」
「はい。」
「……」
良い例
「週末はどこか行かれたのですか?」
「家族と釣りに出かけました。」
「へえ、私も好きなんですよ。」
「あなたもですか。最近どこか行かれました?」
継ぐ言葉が見つからない場合は、相手の言葉をおうむ返しするだけでも良い。相手の話をちゃんと聞いていることを示せるからだ。
「週末はどこか行かれたのですか?」
「家族と釣りに出かけました。」
「へえ、釣りに行ったんですね。」
「そうなんです、いい天気で気持ちよかったですよ。」
もう一つの禁じ手「なぜですか?」も話が止まりやすい。人は「なぜ」を考えることを負担とするからだ。
「週末はどこか行かれたのですか?」
「家族と釣りに出かけました。」
「なんでですか?」
「いや、なんでって言われても。」
自分が詳しくない話が振られた場合は、別軸での反応を返すようにする。たとえば、相手が釣りの話を振ってきて、自分が釣りに詳しくない場合。
「週末はどこか行かれたのですか?」
「家族と釣りに出かけました。」
「へえ、ご家族と。」
このようにすることで、釣りの話から家族の話に移ることができる。
こちらから話す場合
こちらが話す場合は、笑える話をするよりも実益のある話をするようにする。笑える話は記憶に残りにくいが、タメになる話は覚えてもらいやすいからだ。
タメになる話をするためには、たくさんの引き出しが必要だ。そのためには情報収集が欠かせない。情報ソースは誰もが手に入れられるものからではなく、一段上のものから取るようにしよう。たとえば、ネットの記事ではなく、本から取る、ということだ。
そして、話を盛ることも必要だ。事実だけ話しても雑談として面白みがないから、事実をより良く見せる範囲で、話を盛る。
事実だけ話す
「昨日食べたラーメンが辛くて。」
話を盛る
「昨日食べたラーメン、これ食べ物なん?っていうくらいスープが真っ赤で。」
芸人みたいにオノマトペ(擬声語)を使うとさらにインパクトが増す。
事実だけ話す
「ラーメンが辛くて汗をかきました。」
オノマトペを使う
「そのラーメン辛くて汗がもう、ブワーーってなって!」
話す時の音階も重要だ。人の声は相手の耳から入ってくるが、実は自分の声は自分の頭蓋骨を通って聞こえている。
そのため、相手が聞いている音と、自分が聞いている音は違う。試しに自分の声を録音して聞いてみれば、思っていた声とのあまりの違いに驚くはずだ。
僕がそうなんだけど、大抵の人は声の音階が低すぎる。相手のストレスにならない音階を出すには「ファ」か「ソ」の音がいいらしい。本当の「ファ」ではなく、自分の中での「ファ」か「ソ」だ。何も意識しないで声を出すと、だいたい「ド」から「ミ」の音になっているという。
相手と意見が食い違う場合
自分が話していて、相手と意見が食い違うこともある。自分の意見を通す必要がある場合もあるが、多くの雑談の目的は相手との関係性を深めることだから、そういう時はすぐに矛先をおさめるようにする。具体的には、「うかつでした」を使うことだ。
良い例
「家を買うなら中古ですよね。」
「そうですか?耐震性とか、怖くないですか?」
「うかつでした!確かにその点は考えていなかったなあ。」
ダメな例
「家を買うなら中古ですよね。」
「そうですか?耐震性とか、怖くないですか?」
「なにっ!中古にきまってんだろ!バカ!」
「バカとはなんだ!」
終盤の駆け引き
雑談から本題へ移る。たとえばふだんのおしゃべりの中では「これを聞こう」「これを話そう」ということが本題だし、仕事では販売や交渉などが本題だ。本題へ移るときのコツは、雑談の雰囲気のまま本題に移るということだ。「今の話で思い出したのですが」などと、雑談からヒントを得た体で切り出すのがポイントだ。
禁じ手は、「ところで」と言ってしまうこと。今までの流れを断ち切り、不穏な空気が生まれてしまう。
先日、雑談から本題への切り替えが見事だった例があったので話そうと思う。
僕は喫茶店のテーブル席で本を読んでいた。隣の席にはおばちゃんが3人座っていて、韓国語の教科書とノートを広げておしゃべりをしていた。3人のうち2人が生徒さんで、1人は先生のようだった。
おしゃべりは、まるで帆のない船のようにどこへ向かうでもなく漂っていたが、何かの話に対して先生が「ええ、そういうのを韓国語では⚪︎⚪︎って言うんですよ。」と言った。2人の生徒さんは「へえ」と感心してノートに書き込んだ。そして、そこから自然に授業が始まったのだ。
先生は、雑談と本題である授業を巧みに使い分けていた。授業をしていたと思ったらまた旅行の話になり、家族の話になり、漂流した。そしてまた授業に戻ってきた。
2人の生徒さんは楽しそうだった。しかし、時間が経つにつれてだんだんと声のボリュームが大きくなってきたので、僕はその場を離れた。
おわりに
雑談というと「間を持たせるため」とか「面白い話をしなければならない」という考えがどこかにあったので、こういう、「目的があって話をそこに運んでいくための手段」という視点が面白い本だった。
多くの雑談において、とくに目的がない場合もあるけれど、そういうときでも工夫して話を組み立てていくのは面白みを感じる。
雑談を突き詰めていった先には、「和歌を詠んで、それに対して返歌を詠む」といった雅な世界があるんじゃないかと思う。