いじめやパワハラ対策にも!反論の心構え

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議論は避けることが鉄則だ。

デール・カーネギーは『人を動かす』の中でこう言っている。「議論は、ほとんど例外なく、双方に、自説をますます正しいと確信させて終わるものだ。」

しかし、どうにも避けられない事態に陥ることもある。相手がこちらに敵対心を抱いており、こちらが主張しない限り相手の思うつぼになってしまうような場合だ。

この点、僕は全く対策をしてこなかったため、この歳になって後悔することしきりである。

これ以上後悔しないため、また、この記事を読む人が少しでも強くなるため、そして、日本人が発信力を高めてこれ以上「国際会議で最も大変なのは、日本人をしゃべらせることだ。」と言われないようにするために、今回は「反論と主張」について、これまで僕が経験したダメダメなエピソードを交えながら書いていく。僕の経験は反面教師になること請け合いだ。

著者の加藤恭子さんは過去五十年間、欧米人との議論に負けたことが無いと豪語する。戦前の生まれで、それこそ「愛嬌」や「奥ゆかしさ」こそが女の徳だと言われ育った世代だ。加藤さんもこうした文化を当然のように思って生きてきた。

しかし、アメリカに留学した時に常識が覆されたという。欧米人は主張が強い。筆者もはじめはその押しの強さに何も言い返せなかった。

しかし、給料をごまかされた時にはさすがに言った。「これは不当です!」

すると、相手は黙った。その時に気づいたという。「反論が必要なのだ、説明が」と。

友好的な場と対立的な場で、態度を変える

日本人は発信力が弱い。「背中を見て育て」「以心伝心」「沈黙は金」といった日本人の昔ながらの特徴は素晴らしいが、いざ相手と対立的な関係になった時には逆に弱点になる。言われっぱなし、押されっぱなしで、いつの間にか不平等条約を結ばされている。

日本人のこれらの美質、穏やかさ、正直さを、子の代にも、孫の代にも、ずっと続けて行ってほしいと心から願う。
(中略)だが、場を変えれば、視点を変えれば、これらの美点はもはや美点ではなく、逆になり得るのだという現実も、私たちは知らなくてはならない。
私たちの美点として指摘された特徴は、たちまち弱点に変わってしまう。”謙虚”とは、こちらの実力や価値が相手に伝わらないこと、”正直”とはかけ引きに弱く、”細やかな思いやり”とは自己主張ができず押されっぱなしになること、”繊細”とはけんか下手で傷つきやすいことになる。

だから、加藤さんの主張はこうだ。

・友好的な場では、自然な、日本人そのままのやり方をすればよい。

・対立的になったら、そうした場では、変わる。やり方を変える。

証明らしく見える言葉でいいから主張する

周りを海に囲まれている日本は特殊な環境だ。外敵から攻められた経験が比較的少なく、我々は温室育ちである。一方、国どうしが地続きになっている大陸では長年、自己防衛を必要としてきた。そこでは言論こそが力だった。

著者はこの2つの文化の違い、「パーセプションギャップ」を乗り越えることに苦心していた。転機が訪れたのは、欧米の考え方を学ぼうと、留学先の教授に教えを乞うたときに言われた一言だったという。

「西洋の学問の祖は、ギリシャの哲学者アリストテレスです。彼の『レトリカ(弁論術)』の英訳が図書館にあるはずです。そこから始めてごらんなさい」

『弁論術』については、以下に下手ながらまとめているので読んでいただければと思う。

説得力は「話の内容」「聞く人の気分」「話し手の人柄」で決まる

著者が『弁論術』をさっそく読んでみたところ、ある箇所でうーんと唸ってしまったという。それはこの一文。

言論による説得には三つの種類がある。第一は語り手の性格に依存し、第二は聞き手の心を動かすことに、第三は証明または証明らしくみせる言論そのものに依存する

第一と第二はわかる。しかし、問題は第三だ。証明「らしくみせる」言論…。真実が見つからなくても、真実らしく見えるものを持ってくれば良い。日本人は真実のみをしゃべるようにと教えられてきた。しかし、真実でなくても正当化せよ、相手を説得せよ、と書いてある。

こうした考え方が、「言論は力である」とする欧米人の根底には流れているのだ。『弁論術』を読むことをきっかけに、筆者は何かが急に見えだしたという。今まで経験してきた理不尽さの正体がわかってきた。

嘘でも繰り返されると真実になる

たとえば、著者はアメリカ人の考えでどうしても受け入れられないものがあった。それはアメリカに留学して間もなく、ある中年女性に言われた、「原爆はあなたたちのために落とした」という言葉だ。その女性はたたみかけるように言った。あのまま日本が抗戦を続けていれば、より多くの人が死んでいただろう。それを防いだのは原爆投下である、と。

敗戦の年、そして原爆が投下された昭和二十年八月という時点で、女学生だった私にさえはっきり見えていることがあった。それは、日本を降伏させるために原爆投下は必要ないという事実だった。(中略)しかし、心の声の反発を、私は言葉には出来なかった。
ところが原爆についてのこの意見は、あの中年女性だけのものではなかった。その後、他の人々の口からも聞いた。こうした怖さは、あらゆる事例に当てはまる。例えば「原爆は日本人のために落としたものだ」という表現は、それが正しくても正しくなくても、繰り返されることにより、そして、それに対して強い反論が出てこない限り、「それは事実だ。真実だ」と定着していくのである。

日本国内ではこれほどの意見の違いが起こることは少ないだろうが、嘘でもなんでも、ある主張が繰り返されるとそれが真実として定着してしまうことは、日本でも頻繁に起こっている。いじめはその最たるものだろう。

エピソード1

僕が小学5年生のころ、いじめにあってる子がいた。理由は「不潔」だ。しかし実際に汚いわけではない。近くに寄ると臭いわけではない。親から虐待を受けていたわけでもない。

そうではなく、クラスの誰かが「お前汚いな」と言い始めたのがきっかけだった。その子は言われるたびに怒っていたが、その反応は相手を面白がらせるだけだった。

悪口を言い、怒り、面白がる。そのやりとりを繰り返しているうち、いつの間にかクラス中に、「あいつは汚い」という共通認識が出来てしまった。その子に触った人は手を洗わなければならないというルールができ、穢れを祓う前に他の人に触ると伝染る、という変な宗教ができた。

クラスの中にはそういった差別を嫌う人もいたけれど、だからといってその子に近づくと「あいつも仲間だ!」という意見が出てくるから、目立って反対する人はいなかった。今考えると、子どもの世界は大人の世界の縮小版だと感じる。

事態を収拾したのは先生だった。クラス全員の前で一喝「こいつのどこが汚ねえのか、言ってみろ!!」誰も答えられなかった。さらに先生はそのいじめられっ子を洗面所に引っ張って行き、頭に水をぶっかけて戻ってくるなり怒鳴った、「これならいいのか!?あ!?」みんな目ん玉をまんまるくして、びしょびしょになったその子を見つめていた。乱暴なやり方で、今ならニュースになりかねないが、その後は目立ったいじめは無くなった。

後日、その子の家に遊びに行ったことがある。ものすごく古いゲームを楽しそうにやる姿が、僕の脳裏にまだ残っている。今、その時のことを思い出すといじめられたワケが理解が出来る。その子には年の離れたお兄さんがいて、お兄さん世代の文化に触れる機会が多かった。趣味や生活環境がクラスの他の子とは少し変わっていたのだ。そうした違いに対して、理解できないクラスの子から「汚い」という汚名を着せられていただけなのだ。

悪口を言われたらただちに反論する

不当な主張が勢力を伸ばしてきた時には、それを許してはならない。良い人でいたいからと黙っているのでは、相手はこちらを「弱い、もっと押せる」と思うだけだ。

エピソード2

僕が小学4年生の時だ。昼休みの後に掃除の時間があった。掃除の時間までには、みんな自分の椅子を机の上に乗せていなければならない。

しかしある日、僕は遊びに夢中で椅子のことをすっかり忘れていた。あ、と気づいて時計を見ると掃除の時間ギリギリだった。急いで自分の机に戻ると、あいつがニヤニヤして僕の机のところに立っているではないか。あいつとは、僕が幼なじみと一緒に作った秘密基地を壊した、にっくき同級生のことである。

そいつは僕を見るなり言った。「掃除の時間には椅子を机に乗せなきゃいけないんだぞ。」まだ時間ギリギリなはずだ、と思ったが、あいつの居丈高な態度にうまく言葉が出てこなかった。

そいつはたたみかけた、「乗せなかった椅子は、捨てなきゃいけないんだぞ。」

もちろん、これはその子が今思いついたルールに決まっている。僕がまごついているから調子に乗って好き放題言っているだけだ。なのに僕ときたら何も言い返せなかった。結局、ちょうどそばを通りがかった友人が「まだ間に合ってるから、よしなよ」と証人に立ってくれたので、事なきを得た。

異論がある場合には直ちに反論すべきだと加藤さんはいう。放っておくと、悪口はまるで虫歯のようにどんどん悪化していく。早い段階で処置することが重要なのは、虫歯も悪口も同じだ。

そして、反論したらそれを繰り返す。悪口でさえ繰り返されることで真実になってしまうのだから、抵抗するにはひたすら繰り返すしかない。殴り合いのケンカでも言葉のケンカでも、手数がものをいうのだ。

反論する理由がとっさに思いつかない場合は、とりあえず「私はその意見には反対です。」と言ってしまってから時間を稼ぐ。言った後で、「証明、または証明らしくみえる」言葉を探すのだ。

嘘はいけないが演技はするべき

証明らしく見えるといっても、嘘はいけない。しかし説得は必要なのだ。この点について、著者がアメリカで会った「負けなし」の女性弁護士はこう言った。

「私は自分の顧客のために、陪審員たちにむかって嘘をつくことは許されない。でも、演技は許される。」

演技の必要性について、加藤さんはカリフォルニア大学での「スピーチ」の授業を例に挙げて説明している。授業では、クラスを二分してディベートをする。

たとえば「神は存在するか?」をテーマとすると、A側には「する」、B側には「しない」の説明をさせる。そして驚いたことには、次にAとBを入れ替えてしまうのである。A側は「しない」を、B側は「する」を主張するのだ。こうなると自分の考えよりも、オリジナルな発想、聴衆の心を動かす雄弁が必要なのである。討論は、皆で一つのお芝居を演じているのだ。

こうした能力は遠いアメリカでだけ必要なのではなく、日本でも同じだ。「社交辞令」「ビジネスマナー」というのは言葉を変えれば「演技」だといえるし、討論での演技については僕も就職活動で経験した。

エピソード3

ある会社のグループ面接で「犬派」と「猫派」に分けられ、討論させられたことがある。みんな討論に慣れていないから、猫派に分けられた人は「俺、犬の方が好き」とおしゃべりをしていたし、いざ討論がはじまっても積極的な発言がなかなか出てこず、あっという間に終わってしまった覚えがある。

もちろん僕もあまり発言ができなかった。なぜなら僕には「嘘つきは泥棒の始まりだ」という考えが強かったからだ。面接は、落ちた。嘘と演技の区別をはっきりつけなければならない。

対立を恐れない

欧米人相手では、どんな話が飛び出してくるかわからないと加藤さんはいう。思いもかけない頼みごと、批判、説明の要求が飛び出してくる。冗談だと思って笑いながら聞いていると、途中から皮肉や見下したようなジョークになるという。

なるほど、海外ではそれが普通なのかとおもって僕は安心した。なぜなら最近、僕は日本にいながらこれをよく経験しているからだ。

エピソード3

たとえば先日、若い子に仕事を頼んだ。彼には普段から人を見下すような態度をとるくせがあった。その子はその子なりに仕事を終わらせて、僕のところに持ってきた。

後輩
ここのところはこうしました。
はいわかりました。
後輩
ここはこうしようと思いますがどうですか?
いいよ。
後輩
これで文句ない?
?????

文句ない?
あっけにとられて何も言えなかった。社会人のマナーとしてまるでダメだと思ったけど、あまりに急に出てきた言葉だったので対応できなかった。思わず、これまでの流れで「ああ、大丈夫」と答えてしまった。後悔先に立たず。

著者が言うには、こういう事態になったら、こちらはパッと表情を変え、「それはどういう意味ですか?説明してください。」と、説明を求めるべきだという。

「なぜ?」の力は強い。人はなぜを考えるのを負担とするからだ。つまり大した理由もないのに相手をやっつけたくて主張している場合が多い。さらに、なぜを聞くことで相手の主張の前提を知ることが出来る。反論のコツは前提を崩すことだからだ。

だから、異論があるときは怒るより、質問をして相手の考えを相手自身で吟味してもらう方が良い。怒るのは、先ほどのいじめられっ子の例でも示したように、相手をますます増長させるだけだからだ。

アリストテレスの師匠のさらに師であるソクラテスは、議論ではひたすら質問を繰り返したという。僕の場合で言えば、「文句ない?」と言われた時に「は?てめえ言い直せ!」と怒るより、「なぜそういうことを言ったのか?」を質問して相手に考えさせなければならない。

それによって、ただ言葉遣いがわからなかっただけかもしれないし、あるいは人を見くびっているのかもしれないことを、彼自身に自覚させるためだ。

話を本に戻すと、相手が急に変わってしまう時の準備として、著者は、表情をパッと変える練習をしたという。手鏡をもって、はじめ思い切り笑って、次の瞬間、厳しい表情に変えるのだ。

著者は言う。もちろん相手も厳しい態度で臨んでくると思うが、押されてはいけない。跳ね返すのだ。テニス、剣道、サッカーなどと全く同じである。怯んではいけない。日本人には武士道の精神があるからだろう、「怯まない」と思えば怯まないのである。

自分を知り、相手をよく知る

「彼を知り己を知れば百戦危うからず」という孫子の格言は、言葉で戦う場面にも当てはまる。

加藤さんは、自分と相手を知るために、歴史を学べという。

日本の歴史文化を徹底して学ぶのは、自分たちが何者か、どう感じ考える傾向があるかを知るためである。自己を知らずして主張はできない。そして相手の歴史文化を徹底して学ぶのは、相手が何者か、どう感じ考えるのかを知るためである。相手を知らずして、彼らを理解しどう対すべきかを知ることは出来ない。

この本は「対外国人」という視点で書かれているから話が大きいが、私たちが普段巻き込まれる可能性のある日本人同士のいざこざについても当てはめることが出来る。つまり、自分と相手の生い立ちを知れ、という事だ。

おわりに

職場にはよくクレームの電話がかかってくる。お客様からのクレームなら真摯に受けなければならないが、関係会社からの文句はいちいち聞いていられない。この本を読んでから、反論や質問で返すようにしたところ、いつも文句を言ってくる人から電話がかかってきにくくなった。僕が役不足になったからだろう、その人は文句の矛先を別の人に変えたようだ。彼は、理由はなんでもいいから文句をつけたいだけなのだと思う。

ところが、中には反論してはいけないクレームもある。この前は会社にこんな電話がかかってきた。
「お宅らも、たまにはこっちの意図を汲んでもらわないとさあ。でもいつも、私が言ってもどうせお宅らはまた怒るんでしょう。いいですよ、もう怒られ慣れてるんだから。来年定年だから最後に言いたいこと言わせてもらってるだけですから。」
なまりのあるおっちゃんからの電話だったが、「来年定年だから」の言葉に反論する気勢を挫かれてしまい、しばらくお話を聞くことになってしまった。

言い返すべきか言い返さないべきかは時と場合、相手がどういう心情でそれを話しているのかによる。時には愚痴だって聞いてあげなければいけないときもある。何でもかんでもすぐに反論するのでは関係性が悪くなってしまう。「また言い訳ばっかり!」と思われるのがオチだ。はじめに書いたことを繰り返すと、「議論は避けること」が鉄則だ。やむを得ない場合だけ攻撃する「専守防衛」を徹底すべきだと思う。

しかし、自己主張ができるようになればうまくいくことは多い。それは自己防衛やビジネスの場面だけでなく、芸術の場面でも活かせるからだ。

というのは、民俗学者の折口信夫によると、「歌う」と「訴える」は語源が同じで、性質が似ているものだからだ。

歌ふといふことは、他人に自分の哀情を「愬へる」といふこと、我々も「愬へる」といふ語をもちゐますが、元は「うたう」といふ形で、「訴ふ」も、「歌ふ」も同じに現れてくる。そうした聲樂技術をうたふといったのです。相手に自分を理會して貰はうとする物の言ひ方です。

折口信夫『上代文学』

「理解してもらいたい」という意味では、「歌う」のも「訴える」のも目的を同じくしている。欧米人に一流の芸術家が多いのは、もともとは「言葉こそ力」という思想から育った主張の強さが、芸術面で活かされた結果なのではないかと思う。

日本人も、旧来の島国的柔軟さと、大陸気質の鋭さを使い分けて、うまく主張できるようになったら良いと思う。まるで水が、普段はさらさらしていて形がないが、勢いよく噴射すれば鉄も岩も切れるように。

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