
日本人は「型」にこだわりがある。武道の型、伝統芸能の型、名刺交換の型、血液型など、型が好きだ。昔は戦をするにも「名乗り」という型があり、敵を攻める前に「やあやあ我こそはどこどこの誰々なり!」と名乗っていた。敵は相手が名乗り終わるまで反撃してはいけないのが正しい型なのだが、元寇の時、モンゴル人にはそれがわからなくて侍が名乗っている間に攻撃してしまい、日本は大ピンチに陥ったという逸話がある。
これほどまでに型が好きなのに、日本人はスピーチ原稿やブログ記事の型についてはこだわらない。僕もいつも適当にブログ記事を書いている。だから、今日は本を読んで勉強した「原稿の型」について書こうと思う。
著者はSONY元CEOのスピーチライター。内容は著者のライターとしての経験に、アメリカのコミュニケーション専門家の知識を加えたものであり、日本国内のみならず世界中どこでも通用するスピーチの基礎を集約した内容となっている。
ちなみに、スピーチ原稿の型について書いた本ではあるが、ブログ記事を書く上でもそのまま使うことができる。
スピーチ原稿(ブログ記事)作成の流れ
原稿作成は以下のプロセスに沿って作成する。
順に説明していきます。
1.核を作る
1-1.聴衆(読者)が何を期待しているのかを知る
まずは、自分がどういう場で、誰に対して話すのか(書くのか)を把握することが大事だ。
私たちがスピーチという手段を用いる目的は、聴衆の感情と行動にインパクトを与え、望ましい方向に変化してもらえるようにすることです。(中略)そのためには、スピーチをする場がどういう場であるのか、主催者の意図や期待は何か、聴衆が何を求めているのかを知る必要があります。
聴衆にインパクトを与えるためには、何を求めているかを把握して、その期待以上のものを提供することを目指す。
なぜなら、「人は自分が何を欲しいのかよく分かっていない」からだ。
車を普及させたヘンリー・フォードは、「もし顧客に、彼らの望むものを聞いていたら、彼らは『もっと速い馬が欲しい』と答えていただろう。」と言った。当時は乗り物といえば馬が主流だったから、当然、人々は馬を欲しがる。しかし、フォードはその期待以上の『車』というものを提供することで、成功をおさめた。
また、Appleのスティーブ・ジョブズもこう言っている。「多くの場合、人は形にして見せて貰うまで自分は何が欲しいのかわからないものだ。」確かに、スマホが登場する前に一度でもスマホが欲しいと思ったことがある人は、ほとんどいないだろう。
人には、自分が意識している顕在的欲求と、自分でも意識していない潜在的欲求がある。顕在的欲求が満足すると、人は「役に立った」「普通に良かった」と思うが、潜在的欲求まで満たすことができれば、それは聴衆に「サプライズ」として捉えられ、強いインパクトを残すことができる。
そのような原稿を書くためには、聴衆の置かれた立場と心情を知る必要がある。そのためには、聴衆になりきり、想像することが効果的だ。
1-2.最も伝えたいメッセージを明確にする
一つのスピーチ原稿(ブログ記事)に含めるメッセージは、一つに絞ることが原則だ。マーケティングでは「ワンメッセージの法則」と呼んだりもする。
三〇分のスピーチであれば、そのなかではさまざまな話や情報に触れていきますが、それら個々のパーツではなく、話全体を通じて「(話し手は)このことが言いたかったんだな」と伝わるもの、それがメッセージです。
皆さんにも経験があるかもしれませんが、どんなに素晴らしいスピーチであっても、終わった後に記憶に残っている内容は驚くほど少ないのが現実です。したがって、スピーチ全体を通じて言いたいことを一つに絞り込むこと、すなわち、メイン・メッセージを明確にすることがきわめて重要となるのです。スピーチは、すべての時間をかけて、たった一つのメッセージを伝えるために行うと言っても過言ではありません。
メッセージは「主語と述語からなるもの」にする必要がある。
なぜなら、スピーチは聴衆に話し手の主張を伝え、望ましい方向に変化してもらうことだからだ。「人生について」とか「将来について」というのはテーマでありメッセージではない。そうではなく、「何がどうあるべき」「誰がどうすべき」とすると良い。
2.原稿の構想を練る
核ができたら、それを元に原稿の構想を練る。
スピーチは、「オープニング」「ボディ」「クロージング」の三つのパートから構成される。それぞれの役割は以下のようになる。
オープニング:はじめに聴衆をつかむ
ボディ:メッセージに導く本論を展開する
クロージング:最後に印象づける
2-1.ボディを考える
まずは話の根幹、ボディから考える。はじめに考えたメッセージを、さまざまな事例や例え話、ストーリーなどを用いて展開していく本論だ。重要なのは、論理的であることと、構造がシンプルであること。ボディには基本的に三つの型がある。
* ポイント提示型
* 問題解決型
* ストーリー型
この三つは、組み合わせて使うことも可能だ。
2-1-1.ポイント提示型
ビジネスの場面でよく見られるスタイルで、話しの内容が聴衆に伝わりやすいのが特徴。
論点を並列に示し、解説するスタイルです。この構造を使えば、「今日の話のポイントは三つあります。第一は…、第二は…、第三は…」というように、スピーチをシンプルにまとめることが可能になります。
提示するポイントは、「もれなくダブりなく」を意識しよう。これを「MECE」(ミーシー)という。
MECEの例
このように包括的な情報を提示できているならMECEだといえる。
MECEではない例
これでは話題がダブっているので、聴衆は「さっきから似たようなこと言ってるな」と思ってしまう。
ポイント提示型の弱点として、説明力が高い反面、説得力に欠けるところがある。
このように、必要性を感じていない人に対しては説得がしづらいということだ。
だから、ポイント提示型はすでに前提が共有できている聴衆との間で効果を発揮する。前提の共有が出来ていない場合は、次の問題解決型を使おう。
2-1-2.問題解決型
聴衆に具体的なアクションを促すのに有効な方法。
様々な型が研究されているが、本書ではMMSという方法が紹介されている。
このようなケースでは、アメリカではアラン・モンローの説得技法(MMS)がよく用いられています。有名な政治家のスピーチは、ほとんどといっていいほど、この型に則って展開されています。
アメリカでは定番の型であり、スピーチの教科書にも必ずといってよいほど載っているのですが、なぜか日本ではほとんど注目されていないようです。非常に有効ですので、ぜひこれを機に試してみてください。
アラン・モンローの説得技法では、次のように話を組み立てていく。
たとえば、「体脂肪を減らそう」というメインメッセージについて問題解決型のパターンで話を展開すると、次のような文章を作ることができる。
①注目
②問題点
③解決策
④視覚化
⑤アクション
例文なので適当に書いたが、このような話の流れは、人の思考の流れに沿っているので、聴衆を納得させやすいという利点がある。
一方で、話の展開が少し複雑になってしまうのでこの型を用いる時は話の筋道を工夫する必要がある。
話の内容がわかりやすいかどうかの簡単なチェック方法としては、原稿を作った後、声に出して読んでみることが効果的だ。
2-1-3.ストーリー型
話し手の体験を通して主張する方法で、聴衆の感情に訴える力がある。また、記憶に残りやすいというメリットもある。
昔、人が文字を持たなかったころから、人生の教訓や歴史は物語を通して伝えられてきた。そのことからも、ストーリーが伝達手段として有効であることが分かる。
ストーリーという形式は、主人公と同じ目線で出来事を疑似体験するのに大変適しています。さらには、かつて遭遇した、似たような自分自身の体験を思い出すスイッチとなります。そのような過程で、聞き手が主人公に感情移入し、共感し、心が揺さぶられるというわけです。
また、ストーリーを通じて、話し手が何を考え、何を感じたかということを聞くことにより、人となりがよくわかり、親近感が湧くという効果もあります。特に苦労話や失敗談の場合は、なおさらです。「よく、そこまで話してくれた」と、感謝の気持ちすら湧いてくることがあります。
つまり、ストーリーには、聴衆の感情に訴えかける力があるのです。
成功談はともすれば自慢話と捉えられてしまう可能性があるのに対し、失敗談には飽きさせない効果がある。要は聴衆にとって学びがあればそれでいいのだ。
逆に、いくら内容が正しいとしても、「つまり結論はこういうこと。以上。」とそっけないと、聞いている方はなかなか受け入れづらい。それがストーリーで語られると、聴衆は「語り手が経験したこと」と認識するので、先入観なく耳を傾けてくれる。
ストーリー型のデメリットは、一つの話が長すぎると飽きられてしまう可能性があるということだ。
ストーリー展開のコツ
参考になるのは映画やドラマの展開方法だ。以下の記事でも触れたが、面白いストーリーにはほとんど、3つの要素が含まれている。
引きつけられる話を分解すると、3つのストーリーが含まれていることがわかる
2-2.オープニングを考える
ボディができたら、次はオープニングで何を話すかを考える。
スピーチは、出だしが一番緊張する。また、聴衆の気持ちもまだ様々な方向を向いていてまとまりが無い。
聴衆はスピーチが始まる前、だいたいこのような事を考えている。
* 話し手は信頼できるか
* 話し手は私たちをどれくらい考えてくれているか
* 話は聞くに値するだろうか
だから、オープニングでは聴衆に注目してもらい、打ち解けた関係を築くことが重要だ。
オープニングでやるべきことは、以下の4点。
①聴衆の関心をつかむ
バラバラに向いている聴衆の心をつかみ、「この話を聞こう」と思わせる。まさに「つかみ」。
②聴衆と心を通い合わせる
聴衆の心をほぐし、話し手の緊張も解いて、場の一体感を作る。
③全体のロードマップを示す
「今日はこういった話をします」などと、話の要点と流れを話す。
④主催者と聴衆に感謝の意を示す
感謝から始まるスピーチは退屈に思われる傾向があるが、やはり感謝は必要。
上記4点のうち、「①聴衆の関心をつかむ」、「②聴衆と心を通い合わせる」は感覚的な要素が強く、正解が無い。スピーカーの個性によって、また場の雰囲気によって効果的な方法が異なる。
本書では『プレゼンテーションzen』の著者であるガー・レイノルズの、関心をつかむ方法5点を挙げている。
* 個人的:個人的な内容を話す
* 意外性:驚かせる
* 目新しさ:新しいことを話す
* 挑戦:従来と異なる考えかたを提唱する
* ユーモア:ウィットに富んだジョークを言う
そして、この5点をすべて満たした講演が、カーネギーメロン大学の終身教授、ランディ・パウシュの『最後の授業』だ。
また、参考に以下の2つのオープニングも挙げておく。
スティーブ・ジョブズ
2005年6月
スタンフォード大学卒業式祝賀スピーチ「今日は、世界有数の大学の卒業式に皆さんと同席でき、とても光栄に思います。
実を言うと、私は大学を出ていないので、これが卒業式に最も近い経験となります。
今日は、私が人生から学んだ三つの話をします。ただそれだけです。たった三つの話です。」
J・K・ローリング
2008年6月
ハーバード大学卒業式祝賀スピーチ「ファウスト学長、ハーバード大学本部の皆さま、教職員の皆さま、誇らしさでいっぱいのご両親の皆さま、そして、卒業生の皆さまに、まずは感謝の気持ちをお伝えいたします。
というのも、ハーバード大学卒業式での祝賀スピーチという、またとない栄誉ある機会をいただいたばかりに、ここ数週間、不安と緊張にさいなまれ、体重を減らすことができたからです。まさに一石二鳥ですね。
あとは、呼吸を整え、(ハーバード大学を象徴する)赤い旗を見ながら、大丈夫、これは「世界最大のグリフィンドールの同窓会」なのだと自分に言い聞かせて、このスピーチを始めたいと思います。」
2-3.クロージングを考える
「ご静聴ありがとうございました」だけで終わってしまうのはもったいない。クロージングは、メッセージを聴衆の記憶に焼き付けることが目的だ。話の締め方の代表的なパターンは、以下の3点。
2-3-1.要約
これまで述べてきたことを箇条書きにして記憶に残してもらう方法。
2-3-2.具体的なアクションを示す
話の総括として、聴衆にしてもらいたいことを提示する。ポイントは、「すぐに出来ること」を提示することだ。
たとえば、環境問題を語った後で「ゴミの分別をしましょう」とアクションを促すとか、政治家が街頭演説で大きなビジョンを語ったあとで「投票してください」と締める、といった具合だ。
2-3-3.引用する
有名な言葉で締めることで、これまでの自分の主張をバックアップしてもらい、余韻を残して締めくくることが出来る。
引用と似たような方法として、クリンチャー(決めゼリフ)で締めるというやり方もある。リンカーン大統領の「人の、人による、人のための政治」が代表的だ。気をつけなければならないのは、ともすると芝居がかって見えてしまうということだ。大切なのは聴衆に受け入れられるかどうかだから、場と聴衆に合わせて使うと良い。
3.原稿を作成する
構想ができたら、実際に原稿を書いていく。
原稿ははじめから完成形を書くのではない。家を建てるように、まず全体の骨組みを作ってから、細かいところに手を加えていく。
3-1.アウトラインを作る
スピーチ全体の長さが100%だとすると、まずは30%~50%のアウトラインを作る。
「オープニングでこういう話をして、ボディでは第一にあの話、第二にあの話…」と要点だけを箇条書きで書き出していく。そのため、文章としては不完全なものになる。ここでの目的は、全体像を把握することだ。
(アウトラインの例)
3-2.フルテキスト原稿を作成する
アウトラインで書き出した要点を、ひとつづつ膨らませていく形で100%のスピーチ原稿を作る。
持論だが、フルテキストを書いていると、気持ちが乗ってきて「この話を入れたほうがいいかな」と思いつくこともあるし、話の前後が噛み合わないことがわかることもある。文章を書く上で熱を込められるかは大切な要素なので、そういう時は感覚にしたがってアウトラインを訂正するのが良いと思う。
3-3.言葉磨きをする
文字起こしをしていると、つい難しい言葉で書いてしまいがちだ。しかし原則は、聴衆に理解し易いように平易な言葉で書く、ということだ。読み直しながらブラッシュアップをしていく。ポイントは以下の4つだ。
・短く簡潔に書く
一文はなるべく短くしたほうが理解しやすい。
・できるだけ受身形を使わない
「一般的にはこのように言われています。」と受身形にすると弱々しいイメージになり、説得力に欠ける。コピーライティングの世界では「〇〇です。」と言い切りの形を使った方が良いと言われている、ではなく、良い。
・難しい熟語を使わずに、中学生でもわかるぐらいの平易な言葉で書く
より易しい言葉の方が、聞き手の記憶に残りやすい。
・やさしく語りかけるようなイメージで書く
伝える相手を想定して書くと、一貫性のある、自然な文章ができる。そしてその相手は「恋人」「両親」「自分」のいずれかであるのが良い。
4.本番
ここまで、原稿(コンテンツ)をどう作るかについて書いてきた。
スピーチではこれに加えて身振り手振りや発声などの「伝え方(デリバリー)」の要素があり、ブログ記事にはフォントやカラーなどの「見せ方(デザイン)」の要素が絡んでくる。
デリバリーについての詳しくは、こちらの記事で少し触れているので、ご覧になっていただければと思う。
デザインについては、学んでから改めて記事にしたいと思う。
どちらにせよ、スピーチ本番(記事公開)で大事なのは、テクニックよりも「聴衆(読者)と心を通い合わせること」だ。
聴衆と心を通い合わせるには、聴衆への愛情をもって話をすればよいのです。聴衆が抱える悩みや問題を少しでも改善したい、聴衆の喜びを心から分かち合いたい、聴衆の悲しみを共に感じたい、といったように。そうすれば、必ず聴衆は心を開いてくれるはずです。それが、感動の本質なのです。
そのためには、まず大前提として、きちんと聴衆への愛情を込めて話す内容(原稿)を準備していなければなりません。
おわりに
原稿の作成手順は以下の通り。
皆さんの各地でなさるスピーチが、また発信されるメディアが期待以上の成果を上げることを願っています。
ありがとうございました。