若手の活躍が増えていることで社会全体の考え方も新しくなっている

最近、少しずつ私くらいの世代(30代)の活躍が目立ってきているような気がします。

私はNHK NEWS WEBをよく見ますが、「この特集、よく調べたな。」と思って最後まで読むと、ライターが私くらいの年代の人だったりします。

たとえば、この記事。

“公道カート”安全は大丈夫?

都内でよく見かける「公道カート」についての特集です。

最後に編集者の名前が写真付きで載っていますが、若ぇ。

こういうのを見ると、「最前線で頑張ってる人も多いんだなあ。そうか、俺らってそういうお年頃なのか。」と思ってしまいますね。

私はいまだにそういうのとは無縁ですが。

公道カートというのは、一般道を走れるカートのことです。

都内では最近しょっちゅう見かけます。

外国人観光客に人気らしいのですが、めっちゃ浮いてるんですよ。

マリオカートのコスプレをしているし、車高がやたら低い。エンジン音はゴーカートだし、体むき出しで危なっかしい。

そしてドライバーがノリノリ。目を合うと手を振ってきます。

バナナの皮を投げてやろうかと思いますね。

はたらく車がたくさん走っている大通りの中に、一部観光で浮かれちゃってるマリオやヨッシーが混じっているんです。

それを見てみんな「なんなんだあれは?」と思っています。でも、どこをツッコんだら良いかわかりません。

「え、これ法律的にいいの?ていうかマナー的にどうなの?」

て思ってぽかーんとしてると手を振ってくる。

あっけにとられていると、後ろから「このままでは日本は餓死する」などと書かれたトラックも走ってきたりして、もうなにがなんだかわからないわけです。

そこに、NHKの若手記者がタイミングよく特集組んできました。

昔ながらの考え方でいえば、公道カートなんて「バカバカしい」と一笑にふすような話です。

昔から「寝言は寝てから言え」と言いますが、それと同じく「マリカはゲームでやれ」と言って終わりにすれば良いような話です。

最近マリカの新作出たしな。

今までは、社会全体がそうした風潮だったように思います。よくわからない流行りに対して「社会の闇」とか「手に負えない人たち」といった見方が主流でした。

しかし、ここ最近はこうした「バカバカしいこと」について、「問題点や活かし方を真剣に考えてみようでないの?」という意見が増えています。

公道カートについては、その危険性と現行の交通法との整合性を吟味した上で、「いろいろ課題はあるけど、観光資源として使える面もあるよね。これからどうしようね。」といった未来志向の話になっている。

新しい流れですね。世の中ちょっとずつ変わってきています。

ここで記事を終わりにしようと思いましたが、文字数が少ないので公道カート特集について適当にまとめました。

リアルマリカってありなの?なしなの?

公道カートは外国人に大人気で、みんなインスタに写真を投稿してる。

日本で運転可能な国際免許があれば誰でも運転できるよ。

でも、時速60kmも出るのにシートベルトもヘルメットも着ける義務がない。

なんでかっていうと、今の法律では「原付」扱いになるから。

法律の合間を縫って、ずるい。

運転マナーも悪くて、事故がいっぱい起こってる。けが人は出てないのが幸いだよ。

カートから降りて写真なんか撮ってるよ。ゲームのマリオはそんなことしないんですけど?

国土交通大臣は「好きなのはわかるけど、危ないから早く法律を作んなきゃ。」と言ってる。

サーキット場を運営してるプロは「今の公道カートはタイヤが露出してるので、髪の毛やマフラーが巻き込まれる可能性がある。」と指摘しているよ。

安全対策の整備とマナーを知ってもらうことが必要だね。

これからの日本をどうしたら良いのか、若手の官僚たちが語ってたよ

先日、経産省のホームページに熱い文章が掲載されていました。

不安な個人、立ちすくむ国家 〜モデルなき時代をどう前向きに生き抜くか〜

20代30代の若手官僚が今と将来の日本についてまとめた資料です。

ネットですごく話題になっていて、この資料が公開されてから、頭のいい人たちが同意したり反論したり、活発に議論しています。

私は単純に「わあ、すごいなあ」と思ってしまった派ですね。

どんな資料だったのか、いい加減にまとめてみました。

日本ほんとにヤバい。

だからすごい人集めて意見聞いたから。

ヤバい理由というのは、不安がいっぱいだから。

なんで不安かというと、昭和の常識が通じなくなってきているから。

結婚する人が少なくなったし、一生同じ会社に勤める人も少なくなった。

人生100年生きられるようになって、歳をとってからやることがなくなってしまう人も多い。

健康に生きられる年齢が長くなった。長く働きたい人も多い。

でも、みんな定年後は何もしないでテレビ見てるだけ。

だからもう、高齢者を弱者扱いするの、やめない?

また、その他の問題としては、日本の母子家庭の貧困率が突出していたり、

若者が「世の中を良くしたい」と思いながら「自分がやっても効果ないだろ」とも思ってて、その結果自分勝手になっている。

つまり、みんなの活躍の場を作れてないってこと。

でも、価値観が多様化してるから、みんなが共通して活躍できることってのを政府が示すのは難しい。

「お金があれば幸せ」っていう価値観もだんだん薄くなってきてる。

しかしそうはいっても、自分で自分の幸せを探せるかというとそうではない。

だって、SNSが流行ってて、みんな自分が好きな情報しか見ないから、「これが正しいんだ」って思い込ませる情報操作も起こってるわけ。

だから、発想を変えなきゃ。

胃ろうではみんなの価値観が変わったら費用が抑えられたよ。

勤労世代が年長者を支えるのではなく、年長者が子どもを支えるという発想に転換したら、日本はまだまだいけるよ。

変化はここ数年が勝負!見逃し三振はもうしないぜっ!


以上です。

こうした意見は今までもなんども出ていますが、それが官僚の中から出てきて、それが経産省のホームページに載っている、という事実が新しいです。

官僚というと頭でっかちなイメージを私も持っていましたが、けっこう普通の若者言葉なのが「おおっ」て思いました。

また、日本中のありとあらゆる人が見るということで、表現にすごく気を使ってますね。そこも文章を書く身としてはとても参考になりました。

『WannaCry』というウィルスが猛威を振るっています

コンピュータウィルス関連のニュースが多いですね。

私の職場でも友人間でも情報が来ていて、けっこう大きな被害も出ているようなので、小さなブログですがここでも周知したいと思います。

ウィルス名

ウィルス名は『WannaCry』。

イラっとする名前ですね。「泣かせたろか」といったメッセージが見え隠れしています。

感染した場合の症状

感染するとパソコンが動かせなくなり、復旧するための身代金を要求されます。

「身代金」は英語で「ランサム」というので、こうしたタイプのウィルスは「ランサムウェア」と呼ばれています。

症状についてもっと詳しく

1、感染したファイル名の最後に「WCRY」拡張子が追加される。
2、身代金を支払ったらファイルの利用が可能になるように暗号化。
3、身代金の支払に関する情報を盛り込んでいる「!PleaseReadMe!txt」というファイルを生成。
4、使用者に300ドルの身代金、ビットコインの支払いを要求。
5、3日以内に身代金を支払わなければ、身代金の要求が2倍になる。
6、7日以内に身代金を支払わなければ、暗号化されたファイルを無断で削除。

感染経路

メールの添付ファイルやウェブサイトなどを経由して入ってきます。

だから、不審なメールの添付ファイルは開いてはいけません。

予防策

1.ネットを使わない(笑)

2.不審なメールの添付ファイル、URLは絶対開かない。

3.Windowsのセキュリティアップデートを行う

4.ウィルス対策ソフトを最新の状態にする

5.WindowsXPなど古いOSが狙われやすいようです。新しいものを使いましょう。

感染してしまったら

1.パソコンを初期化する

2.身代金を払う。多くの場合、お金さえ払えばロックは解除されるそうです。

3.「一部」のランサムウェアは、セキュリティ会社が復旧キーを無料配布していることがあるそうです。お使いのソフト会社にお問い合わせ下さい。

以上です。快適なネットライフを。

アマゾンはこれからどんなことをしようとしているのか

アマゾン関連のニュースがたくさん流れていますね。ヤマト運輸が稼働逼迫で大変なことになっています。

見方によってはアマゾンのわがままに他の企業が振り回されているようだし、良い見方をするならアマゾンのスピードが速すぎて周りがついていけていないとも言えます。

消費者である私も、どんなことをやろうとしているのか、またすでに始まっているのか、よくわかっていなかったので整理してみたいと思います。

無人コンビニ「アマゾンゴー」

近々アメリカで始まる、会計が必要ないコンビニです。

コンビニやスーパーで無人レジを設置しているところがすでにありますが、アマゾンゴーにはレジがありません。

やることは、

・入店時にゲートにアマゾンIDをかざす
・欲しいものを手に取る
・店を出る

だけです。

買いすぎに注意ですね。

ボタン一つで注文「アマゾンダッシュボタン」

日本でもサービスが始まりました。

いつも使ってる商品がきれそうなとき、ボタン1つで注文できるサービス。

家にボタンを設置する

欲しい時にボタンを押す

商品が届く

一つのボタンに一つの商品が紐付いています。

「定期購入するほどは買わないけど、きれると困る」という商品に便利ですね。

私はおそばが好きだからボタンあると良いんですが、アマゾンダッシュボタンは特定の商品にしか対応していないようです。

声で注文「アマゾンエコー」

アメリカで大人気。日本にはまだ入ってきていません。

「洗剤買ってきて」などと話しかけると注文が完了するサービスです。

普通にスマホで注文しても良いのに、わざわざこんなサービスがあるのはなぜなのか。

それは、たとえば洗濯中に「あ、洗剤きれた」ってなったとします。

今までは、スマホを開いて目的の商品を探して注文していました。

しかし、注文ボタンを押す前に送料がかかることに気づいてしまったら最後。(他のものも買って送料を節約しよう)と考えますね。

そうやってスマホいじってると、(こんな商品あるじゃん)と面白くなってきてあれこれ見だします。

結果、洗濯がめんどくさくなる。

このような現象を無くすことができるのが、アマゾンエコー&アマゾンダッシュボタン、の利点の一つなんだと思います。

一般人が配達「アマゾンフレックス」

アメリカでやってます。

配車サービスのウーバー方式で、一般の人が商品を配達してくれるサービスです。

配達した人にはお小遣いが入る(時給18ドル〜)し、今ヤマト運輸がキャパオーバーで大変なことになっているので、日本で普及したら面白そうです。

SFっぽい「空飛ぶフルフィルメントセンター」

「荷物を飛行船に載せて、そこからドローンが各家庭に運べば注文から5分で届けられるよ。」という、けっこうぶっ飛んだ構想。

倉庫の荷物を飛行船に積みます。

出発進行。

ずいぶん高いところまで来たのでスタンバイ。

注文が入ると、気球内のドローンが荷物を持ちます。

ドローン発進。

お兄さん「やあ、早かったね。」

お兄さん「お疲れさーん。」

私はこのサービスを知ったとき、空母から戦闘機が飛んでいくイメージが頭に浮かんできました。

家に届くのは、弾丸ではなく注文した商品です。

GINZA SIXに行ってきた!庶民によるレビュー

久しぶりの更新になります。ブログの方向性についてあれこれ考えていました。

もともとこのブログを書く目的の1つに「アクセス数」というものがあったのですが、アクセスを稼ごうと思うと不本意な記事も書かざるを得なくなり、本名でやっているのにもったいないなあと思っていました。

そこでこのブログには自分の書きたいことを書こうと思いました。アクセス稼ぎは別のブログでやってみたいと思います。

GINZA SIXに行ってきた

さて、今日は仕事帰りにリフレッシュのためGINZA SIXに行ってきました。

本日オープンです。

信号がど真ん中に入ってしまった。写真のクオリティにはご辛抱ください。

人がたくさんいました。中には着物姿でお越しの方も。

私はヨレヨレのスーツ姿。そして何も買ってませんw高いんだもの。

10年くらい前は毎日のように東京ドームシティ、ラクーアでブラブラしていました。仕事でくさくさした気持ちがすっと抜けるんですよね。

ウィンドウショッピング好きです。

東京ドームシティはエンターテイメント性の高い所でしたが、GINZA SIXも面白い造りになっていて、歩いているだけで楽しめます。

中に入ってまず目に飛び込んでくるのがこれ。

1階から5階まで吹き抜けになっていて、中央になんかがありました。

たぶん、クラゲ。

しかし周りの人はカボチャだと言っていました。

このクラゲを見ながら6階まで上がると、ツタヤがあります。

本屋というよりアート展みたいでした。

いつも読んでいるような庶民的な本が見つからねえw

攻殻機動隊のコーナーがありました。今やっている映画、面白いそうですね。

ツタヤは本を読みながらお茶ができるbook & cafeを展開していますが、ここにもありました。

奥に小さく見えるのがのスタバのメニューです。

写真の左っかわに写っているのは樹齢300年の松だそうです。

ライトが当たっていてきれい。しかしどれほどの価値なのかはよくわからない。とりあえず「すごい松」って思っておけば間違いない。

正月に、お菓子でできた松と本物の松を見比べて当てられるかって番組をやってましたが、この松は…お菓子に見えなくもない。

このフロアにはこんなスペースもあります。

大食堂と書いてあります。

デパートでいうところのフードコート的な立ち位置のスペースなのですが、なんか雰囲気違くね?

子どもが泣き叫んだり、小学生がアイスクリーム食べながら「うちの担任、マジムカつくの」と言っている感じではありませんでした。

この階の上、7階から12階はオフィスになっているそうです。銀座のど真ん中で働く、どうですか?

地下1階。化粧品売り場です。

多くの百貨店では狭いスペースに多くのブランドがひしめき合っているイメージですが、ここは広々していました。

展示会みたいな雰囲気がありますね。

地下2階は食品売り場。いわゆるデパ地下で、ここも一部展示スペースみたいになっています。

屋上にも行けます。銀座が一望できます。

写真ではわかりませんが、床を水が流れています。みんな「何だろう」と覗き込んだ後に片足をそっと出しては引っ込める、ということをやっていました。

眼下に銀座三越。遠くにはスカイツリーも。反対側には東京タワーが見えます。

まだ夜は肌寒いので人はまばらでしたが、座るところがたくさんあり、季節によっては休むのにちょうど良いかもしれません。

1階降りて13階は「レストラン街」って書いてあるんですが、大食堂と同じく、やっぱり思ったのと違いました。

ムーディーなんだけど。

子ども連れて歩けない雰囲気なんだけど。

回転寿司屋を探したんだけどなかったので退場。

夜ごはんは家でおそばを食べます。

おわりに

全体的に「見せる」「魅せる」というところにすごくこだわった造りになっていたGINZA SIX。ハイクオリティな感覚に触れることができますよ。

アイデアは組み合わせで生まれる。組み合わせで有用なアイデアにもなるし、無用なアイデアにもなる

「アイデアとは既存の要素の新しい組み合わせ以外の何ものでもない」

アイデアが組み合わせによって生まれることを、広告代理店で働いていた「ジェームズヤング」は発見し、本にしました。

以来、アイデアが欲しい多くの人がこの本を読んでいます。

組み合わせでできるものは、アイデアだけにとどまらず、多くのものは、何かと何かの組み合わせでできたものです。

いつも飲んでいる水さえ、水素と酸素が組み合わさったものです。

その水で野菜を洗って、煮込んでカレールウと組み合わせたらカレーができます。

そのカレーを食べると、一度分解されて体の組織と組み合わさることで、私たちの体の一部ができています。

そんなこんなで大人になった男女が組み合わされば、家庭ができます。

組み合わせれば何かはできるけど

組み合わせで別のものができるのだということを、私たちは学校で学びました。

組み合わせれば、何かはできます。しかしそれが大きな価値を持つものであることもあるし、思ったようなものができないこともあります。

そして一度組み合わさったものは、なかなか分解することができません。

水が欲しいのに、酸素が水素と組み合わさらなくて酸素ばかりで組み合わさったら、オゾンができて、飲めません。

カレーを作りたかったのに間違えてデミグラスソースを入れてしまったら、それを食べるしかありません。

そのハヤシライスを食べて、体に取り込まれなかったものは、適当に組み合わされて無用のものとなり、外に排出されます。

まずい組み合わせでもやり方次第で相性が合うこともある

今朝、起きてすぐ、ぼんやりした頭になぜか浮かんできたのは「ごはんにしょうゆをかける映像」でした。

組み合わせが悪く、あまり食べる気がしませんでした。

しかし、ご飯をおむすびにして、焼き色をつけたら、むしろしょうゆが欲しくなりました。

または、ご飯を酢飯にして、小さく握り、その上に生魚の切り身を乗せたら、やっぱりしょうゆが欲しくなりました。

ご飯としょうゆだけでは組み合わせが悪かったものが、もう一つ何かを加えることで相性が良くなることがあるんだと、そんなことを思いました。

そしてこれは、人間関係にも当てはまりそうだと考えたところで、会社に行く時間になりましたとさ。

トランプ大統領はこんなことを考えて政治をするよ、ということがわかる演説の中身。

2/28にトランプ大統領が初めて施政方針演説を行いました。

いつもの暴言を連発するトランプ節は鳴りを潜め、大統領らしい演説だっとの評判で、トランプ大統領に批判的なメディアであるCNNが行なった世論調査でも「視聴者の7割が『展望は明るい』と答えた」と言います。

トランプ氏の施政方針演説、視聴者の7割が「展望明るい」 | CNN

先日は日本の施政方針演説をまとめましたが、今日は日本の同盟国アメリカの方針も見てみたいと思います。

http://shinyaowari.com/prime-minister-abe-speech ‎

トランプ大統領はこの日、演説会場にいつもと違う格好で現れます。

それはストライプのネクタイをしていたことでした。

いつもは「真っ赤」や「真っ青」な“パワー・ネクタイ”を付けているトランプ大統領です。力を誇示するネクタイですね。

しかし、この日は“わざと”実業家らしさを演出したと言われています。

ネクタイから読み解くトランプ演説 | Market Hack

パワー・タイは(俺様はパワフルなんだぜ!)ということを世間に対して誇示するときにつけるものです。だから大統領選挙の討論会などの場ではパワー・タイは必須です。

しかし今回のトランプ大統領のファッションは「実業家風」でした。

これは暗にトランプが(これから腕まくりして難作業に取り組みます)という決意をシグナルしているのであって、それは謙虚で、へりくだった姿勢と言い直すことも出来ます。

事実、昨日のトランプのスピーチからは、普段の傲慢さが消え、ソフトで、耳触りの良い言葉が聞かれました。

出典:Market Hack

演説の内容も実業家らしい内容でした。

演説の内容を一言でまとめると「アメリカを立て直す」ということです。

実業家として「アメリカは今どういうことで損をしていて、どうしたらもっと利益が得られるか」といったことをメインに話していましたところが印象的でした。

以下はポイントだけまとめたものです。


アメリカの精神を復活させる。

あまりにも長い間、雇用や富が海外に流出してきた。アメリカに自由に外国人が行き来するのを放置したため、薬物がたくさん流入している。アメリカ国民を第一に考えなければならない。

カナダと連携して女性起業家を支援する。

すべてのアメリカ国民に成功してほしい。しかしこれは、混乱した環境では実現しない。そのため、メキシコから移民が勝手に入ってこないように国教に壁を作る。

2001年の同時多発テロの加害者はほとんどがアメリカ国外からやってきた人。入国を無制御に許可することは思いやりではなく、無謀。アメリカに入国できるのはアメリカを愛する人でなければならない。入国審査の改善に取り組み、危害を与える可能性のある人物を追い出す。

ISを地球から一掃する。

オバマ政権では外交政策が失敗して借金が大幅に増えた。アメリカ経済のエンジンを再稼働させなければならない。減税をしてアメリカで事業をしやすくする。

貿易は公正でなければならない。アメリカの企業と労働者がつけこまれることは許さない。

能力の低い移民を受け入れる今の制度から、能力に応じた移民を受け入れる制度に変える。

これまでに中東に6兆ドル費やしてきたが、このお金があればアメリカを2回再建できたはず。再建のために1兆ドル使って数百万人を雇用する。

オバマケア(「みんな保険に入りなさい」という制度)でアメリカの保険料が2桁か3桁増えたから撤廃する。

恵まれない子どもたちが自分に合った教育手段を自由に選べるようになるべき。

貧困の連鎖を断ち切らなければならない。そのためには暴力の連鎖を断ち切らなければならない。そのためには、警察と(対立する事件が多発したけど)協力しなければならない。

メディアや特定の団体に押し殺されてきた人たちが声を上げられるよう、犯罪被害者を支援するオフィスを作る

アメリカを守るために国防費を増やす。

直接的で、強固な同盟関係を結ぶ。同時に公平な負担を要求する。

この演説を見ている皆さんに、自分を信じ、未来を信じ、そしてもう一度、アメリカを信じるようお願いします。


まとめると、今までのお金の使い方と人の移動に対する批判と、弱者を助けるというメッセージが強い演説でした。

一国の大統領というより、会社の社長のようなことを言っていますね。

日本は移民を受け入れないから実感がわきませんが、例えるなら、アメリカは誰でも入社できるようにして風紀が乱れた会社のようだとトランプ大統領は言っているわけです。

だから、これからは人を選びます。試験をしてふるいにかけますということですね。

こう言われると、今まで「移民を受け入れないことは人種差別だ」という意見が強かったものの、移民を規制をするという主張にも一理あるように見えてきます。

「アメリカを立て直す」それはただ良いことばかりを言って大盤振る舞いをする政治ではなくて、会社を経営するように実体的に、堅実に運営していくということだというんですね。

そういった決意が、スピーチからも、ネクタイからも伝わって来る内容でした。

〈参考〉トランプ大統領 初の議会演説 要旨 | NHK NEWS WEB

『サピエンス全史 下』を超ざっくりまとめ。現代の常識がどうやってできたのかの経緯とその影響と未来について

やっと読み終わりました。

すごいボリュームでした。私たちが当たり前に思っていることが過去どのような経緯を経てできて、私たちの生活にどういう影響力を与えているのかをおおざっぱに把握することができました。

このブログでは、そのうちの「火」「言葉」「農業」「お金」についてとりあげてきました。

http://shinyaowari.com/homo-sapiens-history

http://shinyaowari.com/agriculture-revolution-luxury

http://shinyaowari.com/currency-identity

今回「科学」「産業」「資本主義」「国家」「個人」などについてざーっと取り上げてレビューを終わりにしたいと思います。

西暦1500年くらいまでは、上に挙げたものは存在しませんでした。

だから、人々が「贅沢をしたい」と思ったときは「他国を侵略する」という方法が取られていたんですね。私も以前はよく「戦争モノ」のゲームをやっては「侵略たのしー!」と思っていました。

当時の人々は、「自分たちが価値を生み出す」という考えを持っていなかったからこんなことを大真面目にしていたんです。「戦争は聖なるものだ」と昔の武将や騎士たちは考えていたそうですよ。

ところが、科学の力を手に入れてから、贅沢は奪うものではなく作ることができるものになりました。

解決不可能のはずの問題を科学が一つまた一つと解決し始めると、人類は新しい知識を獲得して応用することで、どんな問題もすべて克服できると、多くの人が確信を持ちだした。貧困や病気、戦争、飢饉、老齢、死そのものさえもが、人類の避けようのない運命ではなくなった。それらはみな、私たちの無知の産物にすぎないのだった。  有名な例が雷だ。多くの文化では、稲妻は罪人を罰するために使われる、怒れる神の鉄槌だと信じられていた。

科学の発展は、大きな富を人類にもたらしました。

「自分で富を作り出せる」という自信は、「資本主義」という考え方を生み出しました。

これはスーパーざっくり言うと「稼いだものを再投資すればもっと稼げる。」という考え方です。昔はそうじゃありませんでした。

近代以前には、人々は生産とはおおむね一定しているものだと信じていた。だから、何をしようと生産が大幅に増えることがないのなら、なぜ自分の得た利益を再投資する必要があるのか、と考えた。こうして、中世の貴族は気前の良さと派手な消費を旨とする倫理観を支持した。彼らは収入を馬上試合、晩餐会、大邸宅、戦争、そして慈善事業や壮大な大聖堂に費やした。

そこに科学革命が起こり、進歩という考え方が登場した。進歩という考え方は、もし私たちが己の無知を認めて研究に投資すれば、物事が改善しうるという見解の上に成り立っている。この考え方は、まもなく経済にも取り入れられた。進歩を信じる人々は誰もが、地理上の発見やテクノロジー上の発明、組織面での発展によって人類の生産や交易、富の総量を増やすことができると確信している。

科学は産業革命も起こします。産業革命は人々に大きな力を与えました。

たとえば、蒸気が鍋のふたを持ち上げる力を利用して機関車を動かす、というようなことです。

「力ってのは筋トレして身につけるだけじゃなくて地球にうまってるもんなんじゃん!」てことに気づいたわけです。人間には力不足で到底不可能だったことを、科学の力で解決することができるようになりました。

適切な機械さえ発明できれば、世界のどこでも、どんな種類のエネルギーでも、私たちのどんな必要でも満たすために利用できるのだ。たとえば、原子の中には途方もないエネルギーが蓄えられていることに物理学者たちが気づいたとき、彼らはこのエネルギーを放出させて発電に使う方法や潜水艦の動力にする方法、都市を破壊し尽くす方法をただちに考え始めた。

人々はエネルギーの発掘に夢中になりました。

人間が生み出すよりはるかに大きなエネルギーを機械が生み出したので、人々はそれまでやっていた仕事を機械にやらせて別の仕事をするようになりました。

農業の工業化以前は、畑や農場で生産された食物の大半は、農民や家畜を食べさせるために「浪費」された。職人や教師、聖職者、官僚を養うのに回せる割合はほんのわずかだった。したがって、ほぼすべての社会では農民が人口の九割以上を占めていた。だが、農業の工業化以降は、しだいに少ない数の農民で、しだいに多くの事務員や工場労働者を養えるようになった。今日のアメリカ合衆国では、農業で生計を立てている人は人口の二パーセントしかいないが、その二パーセントでアメリカの全人口を養うだけではなく、余剰分を国外に輸出できるほど多くを生産している。

昔はほとんどの人がお百姓さんでしたが、今はみんなサラリーマンをしていますね。

こうした進歩にしたがって、「戦争で相手から奪う」という富の獲得手法が古臭いものになっていきます。

なにせ科学の発展によって人類は自らをあっというまに滅ぼす力を手に入れてしまったし、世界がテクノロジーによってつながることで、戦争に対する反対の声が大きく取り上げられるようになって、戦争がしにくくなってしまいましたから。

二〇世紀になってようやく、非ヨーロッパ文化にも真にグローバルな視点が取り入れられた。これがヨーロッパ諸国の覇権を崩壊させる決定的な要因の一つとなった。たとえば、アルジェリアの独立戦争(一九五四~六二年)で、アルジェリア人ゲリラ兵は、数の上でも技術的・経済的にも圧倒的優位に立っていたフランス軍を打ち破った。アルジェリア人が勝利を収めたのは、反植民地主義の世界的ネットワークに支えられていたからであり、また、世界のマスメディアはもとより、フランス自体の世論を、首尾良く自らの主張の味方につけられたからだ。北ヴェトナムという小さな国がアメリカという巨人を敗北に追い込んだのも、同様の戦略による結果だ。

しかし、いくらたくさんの富を生み出せるようになったとしても、それを買う人がいなければなりません。

そこで生まれたのが「消費主義」でした。

中世のヨーロッパでは、貴族階級の人々は派手に散財して贅沢をしたのに対して、農民たちはわずかのお金も無駄にせず、質素に暮らした。今日、状況は逆転した。豊かな人々は細心の注意を払って資産や投資を管理しているのに対して、裕福ではない人々は本当は必要のない自動車やテレビを買って借金に陥る。  資本主義と消費主義の価値体系は、表裏一体であり、二つの戒律が合わさったものだ。富める者の至高の戒律は、「投資せよ!」であり、それ以外の人々の至高の戒律は「買え!」だ。

「富を再投資して資本を生み出す」という価値観と「もっと良いものを使ってもっと良い暮らしをする」という価値観がかみあって今の社会は回っています。

社会が豊かになるにつれて、様々なサービスが誕生し、多くの体制が整って、人類は昔よりはるかに安全に、便利にくらせるようになりました。

しかし、それにともなって昔ながらの家族の絆や地域のつながりは薄れていきます。

なぜなら、昔は家族が担っていた役割を、今は国や社会が肩代わりするようになったからです。

産業革命以前は、ほとんどの人の日常生活は、古来の三つの枠組み、すなわち、核家族、拡大家族、親密な地域コミュニティ(*)の中で営まれていた。人々はたいてい、家族で営む農場や工房といった家業に就いていた。さもなければ、近隣の人の家業を手伝っていた。また、家族は福祉制度であり、医療制度であり、教育制度であり、建設業界であり、労働組合であり、年金基金であり、保険会社であり、ラジオ・テレビ・新聞であり、銀行であり、警察でさえあった。

そのうち国家や市場は、強大化する自らの力を使って家族やコミュニティの絆を弱めた。国家は警察官を派遣して、家族による復讐を禁止し、それに代えて裁判所による判決を導入した。市場は行商人を送り込んで、地元の積年の伝統を一掃し、たえず変化し続ける商業の方式に置き換えた。だが、それだけでは足りなかった。家族やコミュニティの力を本当の意味で打ち砕くためには、敵方の一部を味方に引き入れる必要があった。  そこで国家と市場は、けっして拒絶できない申し出を人々に持ちかけた。「個人になるのだ」と提唱したのだ。

制度や法律、メディアが人々の暮らしに介入していることを私たちは身近に感じています。

私が特にこのことを感じるのは、働いているときです。会社では人情よりも規律が優位にあります。

けっこう「あ、これけっこう頑張ったんだけど」ってことが「規律に沿っていない」という理由で反故にされることが多いんですよね。

あんまり人間味がないもんだから、今ではみんな飲み会にも行かないし会社以外での付き合いも減ってきました。

でも良く考えれば、欧米ではこれが当たり前なんですよね。なぜなら欧米のほうが「資本主義」「個人主義」という歴史が長いからです。

日本が今のような資本主義になったのは戦後の70年前です。歴史があさい。今ようやく「個人主義がどうのこうの」といわれるようになってきましたが、このままなんの新しい変化もないなら、ますます家族やコミュニティのつながりは減っていく流れになるだろうと思います。

さて、このように人類の歴史は大きく発展してきたわけですが、はたして幸せにはなれたのか?ということが本書の最後に提言されています。

「幸せ」とは専門的な言い方で言うと「主観的厚生」と呼ばれます。わかりやすくいうと「幸せは自分の心が決める みつを」ということです。

資本主義は富を生んだ代償として、つぎつぎと富を増大させないといけない仕組みです。

止まってしまうと死んでしまうマグロのように、増えるスピードが減るとそれは「信用不安」と呼ばれ、最悪「恐慌」となって世界を大混乱に陥れます。

そこで人々はますます科学に産業にのめりこみ、今では遺伝子操作もできるし人間に代わる頭脳も生み出そうとしています。

たとえば、こんな研究。

ハタネズミはマウスに似た、小さなずんぐりした齧歯類で、そのほとんどの種類が乱交型だ。だが、オスとメスが永続的な一夫一婦関係を結ぶ種が一つある。遺伝学者たちは、ハタネズミの一夫一婦制の原因となる遺伝子を単離したと主張している。遺伝子を一つ加えただけで、ハタネズミのドン・ファンを誠実で愛情深い夫に変えられるのなら、齧歯類動物(と人類)の個々の能力だけでなく、社会構造も遺伝子工学で改変できる日は、遠くないのではないだろうか。

異性にだらしない人でも遺伝子操作でまっとうな夫婦生活ができる!?性格を変えることもできるというのです。

どんなふうにでも変えられるとなると、「人間ってなんぞや」というギモンが湧いてきます。

「シンギュラリティ」という考え方がありますが、これはある点を境にして今までと世界がまるっきり変わってしまうということです。たとえば遺伝子操作でなんでもできるようになれば、今ある問題が問題ではなくなり、人間は人間ではない別の生きものになっちゃうんじゃないの?ということです。

現にすでに人類はその力を手に入れているという話もあり、しかし反対勢力が強くて実現できていないだけだとも言われています。

なによりすでに私たちは、さまざまなコンピュータやスマホ、医療器具、矯正器具によって頭で処理できる限界を超える能力を発揮しており、半分人間らしくない生活をしています。ひゅー。

なんでもできるようになった人間には何が必要でしょうか。それは「目的」とか「意味」「イデオロギー」といった思想的なものだと筆者は述べています。

本の「おわりに」がとても考えさせる内容だったので、ちょっと引用しすぎだけど紹介させていただき、レビューを終わりにしたいと思います。

七万年前、ホモ・サピエンスはまだ、アフリカの片隅で生きていくのに精一杯の、取るに足りない動物だった。ところがその後の年月に、全地球の主となり、生態系を脅かすに至った。今日、ホモ・サピエンスは、神になる寸前で、永遠の若さばかりか、創造と破壊の神聖な能力さえも手に入れかけている。  不幸にも、サピエンスによる地球支配はこれまで、私たちが誇れるようなものをほとんど生み出していない。私たちは環境を征服し、食物の生産量を増やし、都市を築き、帝国を打ち立て、広大な交易ネットワークを作り上げた。だが、世の中の苦しみの量を減らしただろうか? 人間の力は再三にわたって大幅に増したが、個々のサピエンスの幸福は必ずしも増進しなかったし、他の動物たちにはたいてい甚大な災禍を招いた。  過去数十年間、私たちは飢饉や疫病、戦争を減らし、人間の境遇に関しては、ようやく多少なりとも真の進歩を遂げた。とはいえ、他の動物たちの境遇はかつてないほどの速さで悪化の一途をたどっているし、人類の境遇の改善はあまりに最近の薄弱な現象であり、けっして確実なものではない。  そのうえ、人間には数々の驚くべきことができるものの、私たちは自分の目的が不確かなままで、相変わらず不満に見える。カヌーからガレー船、蒸気船、スペースシャトルへと進歩してきたが、どこへ向かっているのかは誰にもわからない。私たちはかつてなかったほど強力だが、それほどの力を何に使えばいいかは、ほとんど見当もつかない。人類は今までになく無責任になっているようだから、なおさら良くない。物理の法則しか連れ合いがなく、自ら神にのし上がった私たちが責任を取らなければならない相手はいない。その結果、私たちは仲間の動物たちや周囲の生態系を悲惨な目に遭わせ、自分自身の快適さや楽しみ以外はほとんど追い求めないが、それでもけっして満足できずにいる。  自分が何を望んでいるかもわからない、不満で無責任な神々ほど危険なものがあるだろうか。

『日本人3.0』レビュー。30代ロスジェネによる本当の逆襲はこれから始まる、という本です

はあちゅうさん、いけはやさんが勧めていた本を読んでみました。

一言でまとめると「30代へのエール」です。

私も30代ですが、この世代がこれからの日本でどういう役割を演じていくのだろうかということを、過去の歴史の同時性から、また今の日本の現状から、そして30代という人生のステージの特徴から、読み取っていきます。

著者はNEWSPICKS編集長をされている方で時事にめっぽう強く、今の時代とこれからくる時代についていろんな角度から予想を組み立てています。

未来の予想なんて当たるものではないのですが、いろいろな可能性を考えておかないと対処のしようがないものでもあるので、将来の方向性を定めるのにも参考になりますね。

とにかく、30代でくすぶっている人にはオススメです。もうちょっと頑張ったらいいことあるんじゃないかという気になります。自分が立っている位置がわかり、近い未来に自分とその周りの環境がどうなっていくのかが少し見える気がして自信がつきますね。

アマゾンのレビューを見ると「レトリック(言い回し)が鼻に付いて最後まで読めなかった。」というものが多くありました。

たぶんこの本は一気に書き下ろされたのではないでしょうか、本の前半部分では、あまり使わない方が良いとされる体言止めが頻発していて確かに読みづらいです。これは書きはじめはなかなか文体が安定しない「物書きあるある」ではないかと。

また本の中ほどはどの本でも弱いと言われていますので、そこは拾い読みするくらいでちょうど良いと思います。注目は前半の内容ですね。核を掴めれば学べることがたくさんあります。

ここで30代についてお話しさせてもらうと、我々30代はロスジェネ世代と呼ばれています。

バブルのような華やかな経験もないし、ゆとりのような楽もして来ませんでした。

私が学生のころから教育改革の必要性は叫ばれいたものの、学生のうちには改革は実行されず。しかも社会に出ようにも就職氷河期でなかなか職は見つからない。そんな世代です。

インターネットが登場したのはロスジェネ世代が思春期になるくらいのころで、バーチャルという新しい文化に触れる一方で、会社では団塊世代が中心にいましたから昔ながらの文化にも通じています。

そんな私たちの特徴は「キャパが広い」ということでしょうか。

たとえば私は、映画なら小津安二郎も好きですし新海誠も好きです。

カラオケに行けば1960年代の懐メロも歌うし最新曲も歌えます。世代としては「ミスチル」や「安室」あたりなんですが、いろんな世代と触れる機会が多くて覚えちゃうんですよね。

だから、若い子に「どんな映画が面白いですか?」と聞かれて「黒澤明。」と答えるとたいてい「ああ、あの白黒の(笑)」と言われんですがブチ切れそうになります(笑)

また、おじさんが最近の流行についていこうとしないのを見てももったいないと思いますね。今はテクノロジーの発達で新しいコンテンツがどんどん生まれているので、ポケモンGOだけではなく、ぜひ地下アイドルとかにも理解を示していただけたらと思います。

そして、私たちの世代はキャパは広いのですがいまいちパッとしない人が多いのも特徴かもしれません。

団塊世代とバブル世代が会社の中心におり、ゆとりやさとりは自由すぎるしで、「えええ!俺らなんなの?」ということを感じるわけです。

私の周りを見ても優秀なのに今ひとつ突き抜けない人がたくさんいます。ほんと頭いいのに使われてない人が多いですね。

だからこそ『ロスジェネの逆襲』という小説がベストセラーになり、「倍返し」が流行ったのだと思います。

あの作品は、突き抜けられないロスジェネ世代のうっぷんをうまく昇華しているんですよね。

『逃げるは恥だが役に立つ』の人気が爆発したのも、いろいろこじらせちゃったロスジェネ世代に共感されたことが大きいと思います。

しかあし、そんなふうにくすぶっているのも2020年までだ。

なぜなら、過去の歴史の繰り返しを見ても、今の日本を見ても、30代というライフステージの特徴を見ても、30代がこれから活躍することが自明の理だからだ。

というのが本書の主張です。

「この歳になってもなんもできてねー!人生このまま終わるんかな。」って焦ってる私のようなロスジェネ世代には特にオススメですよ。

お金の歴史と役割と正体

昔、人は何かが欲しい時は別のものと交換することが当たり前でした。

リンゴ名人「よし、今年もリンゴが豊作だ。食べきれないからおすそ分けしよう。やあ靴名人さん、うちのリンゴをあげます。」

靴名人「わあ、ありがとう。リンゴ名人さん、靴がすり減っているようですね。お礼に直してあげます。」

もらったらお返しする、そういう「良心」みたいなものに基づいた「物々交換」が経済の始まりですね。

貨幣ができたワケ

基本的に楽しい物々交換ですが、これは限られた製品の交換には適していますが、複雑な取引には向いてませんでした。

リンゴ名人「よし、今年もリンゴが豊作だ。食べきれないからおすそ分けしよう。やあ靴名人さん、うちのリンゴをあげます。」

靴名人「わあ、ありがとう。でも、このまえ別の方から靴磨きのお礼にってたくさんの物をもらって置く場所がないんだ。倉庫があればいいんだけどね。リンゴ名人さん、靴がすり減っているようですね。直してあげます。」

リンゴ名人「いやいや、ただで直していただくのは申し訳ない。えーと、そうだ。倉庫名人さん、リンゴをあげますから靴名人さんに倉庫を貸してあげてください。」

倉庫名人「なんだ!リンゴは昨日たくさん食べたからお腹いっぱいだ!それより私はきのう妻と喧嘩してしまってね。相談に乗ってくれないかね。」

リンゴ名人「いやいや、私は独身だから相談相手には不向きですよ。誰かいないかな。…あ、靴が破けた。」

リンゴ名人はついに靴を直せませんでした。

恩恵と義務の経済は 、見ず知らずの人が大勢協力しようとするときにはうまくいかない 。兄弟姉妹や隣人をただで助けるのと 、恩恵に報いることがないかもしれない外国人の面倒を見るのとでは 、まったく話が違う 。物々交換に頼ることは可能だ 。だが物々交換は 、限られた製品を交換するときにだけ効果的で 、複雑な経済の基盤を成しえない。

物々交換はとても効率が悪く、欲しいものが手に入らないことが多くありました。

そこで誕生したのが貨幣です。

今は硬貨と紙幣を使っていますが、昔は貝や牛 、皮 、塩 、穀物 、珠 、布などが使われていました。

リンゴ名人「よし、今年もリンゴが豊作だ。リンゴはいらんかね。」

お客さん「リンゴください。支払いは大麦で。」

リンゴ名人「毎度あり。そうだ、靴がすり減ってたんだ。靴名人さん、靴を直してください。支払いは大麦で。」

靴名人「はいわかったよ。そうだ、最近物がいっぱいだから倉庫を借りよう。倉庫名人さん、倉庫を貸してください。お代は大麦で支払うよ。」

このようにしてみんなが欲しいものを手に入れることができるようになりました。

物質的には価値がない「硬貨と紙幣」の誕生

しかし、大麦にも欠点がありました。

それは賞味期限があることと、害虫がつくことでした。

せっかく蓄えた財産が、腐ってしまったり食べられてしまったりする。

この「食べられる」ということは、それだけ「みんなが価値があると認めている」ということの証拠です。だからこそ大麦が貨幣として成り立っていたのですが、「ずっとは保存できない」という点はなんとか解決したい問題でした。

そこで人は、「硬貨と紙幣」というものを貨幣として使うようになります。

硬貨や紙幣には物質的な価値はありません。

硬貨に主に使われる金や銀は、柔らかすぎて農具や工具としては使えないものでした。また、紙幣は元はただの紙です。

こうした「実質的には価値のないもの」を貨幣として成り立たせているのは「信頼」でした。

リンゴ名人「靴名人さん、この金のコインを価値のあるものってことにしたいと思うんだけれど、どうだろう。」

靴名人「うん、そうしよう。ねえ、倉庫名人さん。」

倉庫名人「なんだ!そんなことなら別にいいぞ!」

こうしてみんなが「信頼している」というだけで価値を持つ貨幣が誕生しました。

貨幣の正体は「信頼」

貨幣は物質的現実ではなく 、心理的概念なのだ 。貨幣は物質を心に転換することで機能する 。だが 、なぜうまくいくのか ?なぜ肥沃な田んぼを役立たずのタカラガイの貝殻一つかみと喜んで交換する人がいるのか ?骨折りに対して 、色付きの紙を数枚もらえるだけなのに 、なぜ進んでファストフ ード店でハンバ ーガ ーを焼いたり 、医療保険のセ ールスをしたり 、三人の生意気な子供たちのお守りをしたりするのか ?人々が進んでそういうことをするのは 、自分たちの集合的想像の産物を 、彼らが信頼しているときだ 。信頼こそ 、あらゆる種類の貨幣を生み出す際の原材料にほかならない 。

こうした「信頼」は、徐々に広がっていき、貨幣経済が世界を覆うようになります。

たとえば昔、金はヨーロッパでは価値がありましたが、インドでは価値あるものと思われていませんでした。しかしインドにはたくさんの金がありました。

ヨーロッパ名人「インドすげー!金がいっぱいあるじゃん。これ、うちの国に持って帰っていい?お礼に欧風カレーあげるからさ。」

インド名人「うん、こんなものでいいならあげるよ。(すごい喜びようだな、ヨーロッパ人はこのキラキラした金属が好きなのか。待てよ。じゃあうちの国で金を掘ってヨーロッパに運べばたくさんの欧風カレーがもらえるんじゃない?)」

このように考えたインド人たちは、金を手に入れることに価値を感じるようになりました。ヨーロッパ人が欲しがるからです。こうしてインドでも金の価値が上がるようになっていきました。

誰もがいつも貨幣を欲しがるのは 、他の誰もがやはりいつも貨幣を欲しがるからで 、そのおかげで人は貨幣を出せば欲しいものや必要なものを何でも手に入れられる 。

言葉も考え方も違う人たちが貨幣の価値は認めているのは、貨幣が持つ「他の人が信頼しているものを信頼させるようにする」力によります。

貨幣は人類の寛容性の極みでもある 。貨幣は言語や国家の法律 、文化の規準 、宗教的信仰 、社会習慣よりも心が広い 。貨幣は人間が生み出した信頼制度のうち 、ほぼどんな文化の間の溝をも埋め 、宗教や性別 、人種 、年齢 、性的指向に基づいて差別することのない唯一のものだ 。貨幣のおかげで 、見ず知らずで信頼し合っていない人どうしでも 、効果的に協力できる 。

今では硬貨や紙幣といったものも使わずに、データだけのやり取りで多くの取引がなされています。

しかし、便利な貨幣にも邪悪な面がありました。

それは、無機質な貨幣が、ときに人間らしい面を失わせることです。

「お金で買えないものこそ大事だ」、という話をよく聞きますが、現にお金で人が売り買いされていたり、金銭上の都合で伝統が壊されたり、お金を得るのに忙しくて人間関係がおろそかになるという問題が起きています。

あらゆるものが転換可能で 、信頼が個性のない硬貨やタカラガイの貝殻に依存しているときには 、各地の伝統や親密な関係 、人間の価値が損なわれ 、需要と供給の冷酷な法則がそれに取って代わるのだ 。

貨幣には 、さらに邪悪な面がある 。貨幣は見ず知らずの人どうしの間に普遍的な信頼を築くが 、その信頼は 、人間やコミュニティや神聖な価値ではなく 、貨幣自体や貨幣を支える非人間的な制度に注ぎ込まれたのだ 。

貨幣は寛容すぎるため、あらゆるものを結びつけてしまいます。そのことで親密な人間関係というデリケートなものが壊されてしまうことがあるんですね。

ですから、バランスが大事だといいます。外界には触れていけないクローズドで親密な面と、外に向かうべき普遍性のバランスです。

〈参照〉